【死去】ドナルド・キーンさんの死因やこれまでの功績?顔写真やプロフィール、妻や子供はいたのかなどを紹介

文化勲章を受章した日本文学の研究者のドナルド・キーンさんが、2/24の朝、東京都内の病院で亡くなりました。

今回は、ドナルド・キーンさんの死因やこれまでの功績、妻や子供はいたのかなどについて情報を紹介します。

 

 

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ドナルド・キーン の死因

ドナルド・キーンさんの死因は何だったのでしょうか。

90歳をすぎても活動を続けていましたが、キーンさんの代理人によりますと、体調が悪化したため去年秋から入退院を繰り返し、24日午前6時すぎに心不全のために亡くなりました。

引用:NHKニュース

心不全のため、お亡くなりになられました。ご冥福をお祈り申し上げます。

心不全とは

「心不全 概要」の画像検索結果

引用:KOMPAS

心不全とは、心臓の病気により全身に血液を送り出す心臓のポンプの機能が低下し、身体が十分な血液を受け取れず、さまざまな影響を及ぼす状態です。この状態が長期的続き、心臓の機能が落ちることを慢性心不全といいます。

慢性心不全は心筋症や高血圧、心臓弁膜症などを原因として発症します。慢性心不全を発症すると、動作時の疲労感、咳、むくみとそれに伴う体重増加などを認めます。

引用:Medical Note

ドナルド・キーンさんの顔写真・プロフィール

ドナルド・キーンさんの顔写真やプロフィールを以下に纏めてみました。

この画像には alt 属性が指定されておらず、ファイル名は donarudoki-n-1024x772.png です

引用:Yahooニュース

名前 ドナルド・キーン
読み方 どなるど・きーん
年齢 94歳
生年月日 1922年
出身地 ニューヨーク
現在地  
職業 日本文学研究者、文芸評論家。コロンビア大学名誉教授

1940年(18歳)、アーサー・ウエーリ訳『源氏物語』に感動。以来、日本文学や日本文化の研究を志し、第二次世界大戦後、コロンビア大学大学院、ケンブリッジ大学を経て1953年に京都大学大学院に留学。アメリカ帰国後、コロンビア大学で日本文学を教えながら日本に足繁く通い、川端康成、谷崎潤一郎、三島由紀夫など名だたる作家と交流を深めながら古典から現代文学にいたるまで広く研究し、海外に紹介。日本文学の国際的評価を高めるのに貢献。
1962年に菊池寛賞、1983年に山片蟠桃賞、国際交流基金賞を受賞。また日本人の日記を研究した『百代の過客』で読売文学賞、日本文学大賞(1985年)を受賞。
1986年、コロンビア大学にドナルド・キーン日本文化センターを設立。2002年には文化功労者、2008年には文化勲章を受章。
2011年3月の東日本大震災後、被災地の懸命に生きる人々の姿に「いまこそ私は日本人になりたい」と日本永住・日本国籍取得の決意を表明。2012年3月、帰化申請が受理され日本人となる。日本国籍取得後の正式名はキーン ドナルド。雅号「鬼怒鳴門」を使うこともある。現在、30数年住み慣れた東京北区アンバサダーをつとめる。名誉都民。
主な著書として『日本文学の歴史』18巻、『明治天皇』など。また、古典の『徒然草』や芭蕉の『奥の細道』、近松門左衛門、現代作家の三島由紀夫、安部公房などの著作の英訳書も多数。

引用:ドナルド・キーンセンター柏崎

若いころから日本と関係を持っていたんですね。2011年の東日本大震災の現地で一生懸命生きている人々の姿を見て、日本人になることを決意し、日本永住・日本国籍を取得しています。日本への功績は計り知れないものであると思います。そんな、ドナルド・キーンさんにご冥福を祈ります。

 

 

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ドナルド・キーンさんの年譜

ドナルド・キーンさんの年譜として、以下の通り纏めました。

1922年〜1940年  青少年時代 初めての日本文学『源氏物語』との出会い
1941年〜1945年 海軍情報士官として従軍した太平洋戦争
1946年〜1948年 コロンビア大学院時代 角田柳作先生に学んだ日本文学
1948年秋〜1953年春 ケンブリッジ大学時代 日本文学研究に訪れた危機
1953年夏〜1955年夏 憧れの日本留学 親友となる永井道雄との出会い
1955年秋〜1964年 コロンビア大学教授時代(1)新しい日本文学史を書こうと決心
1965年〜1997年 コロンビア大学教授時代(2)『日本文学の歴史』全18巻完結
1998年〜2010年 コロンビア大学教授時代(3)文化勲章受章
2011年〜 日本人となる

ドナルド・キーンさん は妻や子供はいたの?

こちらで調査をしたところ、ネットには公開されていないので、分かりませんでした。

いるいないの情報すらありませんでした。

ちなみに、浄瑠璃三味線の奏者である上原誠己を養子(キーン誠己)にしているという情報があります。

ドナルド・キーンさんの養子のキーン誠己さんは「父は苦しむこともなく、穏やかに永遠の眠りにつきました。みずから選んだ母国で日本人として、日本人の家族を持ち、日本に感謝の気持ちをささげつつ、幸せに最後の時を迎えました。日本文学に生涯をささげ、日本人として日本の土となることが父の長年の夢でしたから、この上なく幸せな一生だったと確信しています」とコメントしています。

引用:NHK NEWS WEB

ネットの反応

今回の件についてはネットで様々な意見が集められていました。

  • 日本の心を探求し学問として昇華させたと思います。日本の良き部分を触れ感じ伝えてくれていたと感じます。

  • 日本人より日本をご存知な方だったと思う ご冥福を祈ります

  • 日本語のお手本としたいと思える、流暢でキレイな日本語を語るキーンさんの優しい姿はとても印象的で、知日派、親日派としても貴重な方でした。ご冥福をお祈りいたします。

  • 彼こそが真の日本人ご冥福をお祈りいたします。

  • 偉大な日本の理解者が。ご冥福をお祈りします。

  • 彼の著書をたくさん持っている。日本の作家の事を知るのに助かった。特に、三島由紀夫さんの事については、キーンさんからいろいろと教えられた。昭和戦後の大小説家の方々の人となりも興味深く読ませてもらった。本当に日本の事を、日本の小説を世界に知らしてくれてありがとうございました。

  • バブル崩壊で日本の将来に不透明感が漂っていた頃、偶然手にした「果てしなく美しい日本」が著者との出会いでした。日本人でありながら日本のことを何一つとして知らなかった自分に気付かせてくれたと同時に、日本文化に対する自信を蘇らせてくれました。

引用:Yahooニュース

 

 

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まとめ

文化勲章を受章した日本文学の研究者のドナルド・キーンさんが、2/24の朝、東京都内の病院で亡くなったニュースを取り上げました。

本当にご冥福お祈りします。

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